本日、正式にRSGT2026リジェクトのご連絡を頂きました。

今回プロポーザルの提出にあたり多くの気づきと学びがあったため整理します。
私のプロポーザル
今回、2つのプロポーザルを提出していました。
どちらもこの1年ぐらいで1番ぐらいに自分が得た学びの塊となります。
(なぜかタイトルが欠けちゃうカードがあります)
採択発表日になって分かる自分の気持ち
採択発表の当日までは、多くの魅力的なプロポーザルのなかから採択頂くことは難しいだろうと思っていました。
ところが、当日になって採択の連絡がないことに、自分が「採択されたい」という気持ちが強くなっていたことに気がつきました。
悔しい気持ちになっている自分に気が付きました。
ただ、今回は「もっとやっておけばよかった」という後悔はありませんでした。
後悔が無い状態までプロポーザルを書くことができたと思っています。
プロポーザル提出にあたるフィードバック
こう思えるのは少なくない方たちにフィードバックを頂けたおかげだと思っています。
最初に言葉の足りないプロポーザルに対して、丁寧なコメントをくださった川口さんやTeppei YAMAGUCHIさんに、当たり前のことですがプロポーザルが見られるものであるという気付きを頂きました。
今まで応募して採択発表という流れに慣れていた自分にとって、選考過程でフィードバックを頂けたことは、応募自体の向き合い方を考えるきっかけになりました。
また、森一樹さんにプロポーザルを叩きあげていくための背中を押していただいたことに大きな感謝です。
kyon_mmさんをはじめ「RSGT2026 のプロポーザルを眺めたり、書いてみたりする会」の皆さま、及部さんをはじめ「RSGT2026 のプロポーザルわいわい会」の皆さまのフィードバックにも心から感謝をしています。
自分の想いは自分で思っている以上に言語化されていない、自分の想いは言語化しないと読む人には伝わらない、という学びを頂きました。
自分のプロポーザルに対するフィードバックを頂いてこそわかったことだと思っています。
そして、そうしたプロポーザルに対していいねを頂いた方たちにも励みになりました。
今になって自分がはじめて書いた7か月前のプロポーザルを見ると少し恥ずかしく感じます。
当時ももっともっと書けることや伝えたいことはあったはずだと思っています。
ただ、それを文章として表すことに気づくことなく、プロポーザルを出してリジェクトを受けるということを繰り返していました。
今回はプロポーザルを書き切れたからこそ、不採択から学びを得ることができたと感じています。
自分の動機を見直す
スクラムフェスなどに対してプロポーザルを出すようになった最初の動機は「コミュニティに参加してみたい」でした。
より広い視点で自分の携わるアジャイル/スクラムの世界を知りたい。
いろいろな実践の話を聞きたい。
ただ、家計の制約から「登壇者として参加する」という選択肢を考えたのがきっかけでした。
そして次第に、「自分たちの実践を発信したい」「それに対するフィードバックが欲しい」という思いに変わっていきました。
受託という働き方の中でも、自分たちの営みにオーナーシップを持ち、実践から得た学びを発信し、誰かと共有したい、交流したいと思ったからだと感じています。
また、ハードワーク明け以降、娘にいきいきと働く大人を見せたいと思ったということもあります。
採択されたプロポーザルを見て感じること
私は登壇を「学びの共有」として捉えていました。
ただ、採択されたプロポーザルからは、聞き手に勇気を与える力を強く感じられました。
特にスクラム祭りでお世話になった鳥取トラックのモッチさんの登壇からは、エンジニアとして社会人を続けていくうえで折に触れて思い出す大きな何かを得られる気がします。
また、クリエーションラインさんの成果型報酬の話は、私が受託企業のエンジニアとして描いている理想のひとつであると思っています。
その上で、私は自分が実践から得た学び以上の何かをその場に提供できたのだろうかと考えました。
動機が個人に寄っており、コミュニティに対して混ぜて欲しいという受け手になっていた気がしています。
そして、採択されたセッションがほんとうに魅力的な内容ばかり。
悔しさをどうするのか
悔しさを学びにして蓄えます。
蓄えた学びを自分自身や周囲に活かしていきます。
そうした実践を繰り返す中で、またイベントに還元できる実践ができた時にまたチャレンジをしたいです。
不採択という結果でしたが、今回の挑戦に感謝しています。
そして、悩みに悩んだ結果チケットを購入しました。

今回いかないときっと色々中途半端になる。
RSGT初参加です。濃厚な学びを楽しみにしています!!