2025年11月15日(土)開催予定の JJUG CCC 2025 Fall において登壇することが決まりました。
個人的には今年一番の出来事かも知れません。
登壇資料を作り始める前に、自分のモチベーションを高めたく、Javaとの思い出をふりかえります。
Javaがはじめての開発言語(2007年:23歳)
少し前に流れてきたツイートで一気に10年以上前を思い出したものがありました。
COBOL技術者が大量に余ってJava技術者が大量に不足していた時代、どうしてもJavaを勉強しなかったCOBOL技術者が沢山いたんだけど
— えび@プログラマー (@ebiebi_pg) 2025年8月13日
自分のクビが危ない
ってレベルになっても勉強しなかった
そこまでJavaを嫌がるのはナゼ?
私がはじめて経験した開発言語は新卒で入った企業の研修で習ったJavaでした。
ただ、はじめて業務で触った言語はクラシックASPで、Javaを利用するまで2年半の期間がありました。
その2年半の間に触った言語は、クラシックASP以外には、VB.NET、C、PL/SQLなどで、身の回りで聞く開発言語は、C、VB6.0、COBOLが多かったです。
そうした言語に慣れ親しんだ先輩たちからは、オブジェクト指向言語への切り替えに大きなハードルを感じている印象がありました。
今とは違って、開発言語を学ぶにも大きなハードルがあったように感じています。
なので、えびさんのツイートには、そうせざるを得なかった先輩たちを思い出しました。
はじめてJavaを扱った業務(2007年:23歳)
はじめての業務でJavaに携わったのは、エンジニアとして2年半を迎えた頃、保険系の大規模案件でした。
その頃にはチームのタスク管理を行うようなチームリーダーを務めていたため、実際に手を動かす機会がなかったと記憶しています。
実際には、いくらでも手を動かす機会があったものの、私自身も先輩たちと一緒でオブジェクト指向言語にはハードルを感じていたことを覚えています。
とにかくメンバーたちにいかに開発ができないことを悟られずに進められるかに苦心した記憶があります。
はじめてJavaで実装する(2011年:27歳)
その後、一人の開発者としてJavaを扱ったのは、エンジニアとして4年目を迎えた頃、toCの交通系システムでした。
新卒の頃にお世話になった先輩との案件で、プログラミングの重要性を学んだ記憶があります。
その時に初めて、基本情報技術者試験を取得した頃で、結合度や凝集度、保守性や拡張性、カプセル化/継承/ポリモーフィズムなどを手を動かしながら理解していったことを覚えています。
その時の案件と先輩がいなかったら、もしかしたら自分はいまだにプログラミングができない状態だったのかも知れないと思っています。
はじめての新規開発とアーキテクチャ(2012年:28歳)
はじめてWebシステムの新規開発に携わったのは、エンジニアとして5年半を迎えた頃でした。
その時の案件は公共系のPoC開発で、はじめてゼロからシステムを作っていくにあたりアーキテクチャ検討の重要性を学びました。
また、Javaを使ったプログラミングに習熟していく楽しさを学び、2013年にはJavaの資格も獲得しました。
今でもバッチをダウンロードできるのは驚きました。
Javaの経歴で転職をする(2014年:30歳)
20代で過ごした企業はSESを主体とする企業で、いわゆる2次請け3次請けの多い企業でした。
いわゆるIT土方の世界であり、エンジニアとしての広い視点のなかった自分は、それを当たり前のものとして受け入れていたことを覚えています。
ただ、30代を迎えるにあたり、短期間で案件を転々とする働き方と、低い給与に将来が心配になり、プライム案件を扱う企業への転職活動をはじめました。
その時に感じたことが、Javaをやっていて良かったということでした。
その頃、時代はJavaか.NETの時代で、Javaができればエンジニアとしての働き口は多くありました。
そして、自分が意図してJavaを選んだのではなく、偶然Javaの経験を積めたことを幸運と感じました。
20代、自分は真面目なエンジニアではなかったため、首の皮一枚繋がった状態でした。
その分、30代以降は真面目にエンジニアリングに向き合うようになりました。
先日のXP祭りの登壇資料は、その頃のことを思い出しながら整理しました。
経験を昇華できてよかったです。
B2Cアプリのバックエンドでテックリード(2014-2017年:30代前半)
新しい企業でtoC向けスマホアプリのバックエンド開発に携わりました。
テックリードを務め、国家資格のシステムアーキテクトの取得を目指していたのを覚えています。
結果、論文に挫折し未取得に終わっています。
実践では当時主流であったMVCアーキテクチャを意識しながら試行錯誤し、Javaでのプログラミングがとにかく楽しかったことを覚えています。
また、その頃、新しい環境での熱量でエンジニアコミュニティに足を少しだけ踏み込み、増田亨さんに出会ったことを覚えています。
その時はコミュニティにそこまで踏み込むことなく終わってしまいましたが、それ以来増田亨さんのツイートにわくわくしていたことを覚えています。
Javaの基幹刷新でPMに(2018-2019年:30代半ば)
私がマネジメントに初めて携わった案件もJavaを扱った基幹システムの刷新プロジェクトでした。
もともとJavaでできたシステムでしたが、COBOLから何かのツールを使ってJavaにしたシステムで、実際にはオブジェクト指向のかけらもないシステムで、機能拡張することが難しくなっての刷新プロジェクトでした。
私がプログラマーとしてJavaを業務で扱ったのはその案件が最後で、以降はマネージャーとしての役割であったり、開発に携わってもC#やPythonなど他言語での開発が主流になっています。
Javaから受け取ったもの
整理し直してみると改めてJavaのおかげで今の自分があると思っています。
また、今Pythonでのチーム開発を進めていく中で、Javaの実践で獲得してきたオブジェクト指向が今の30代が中心のチームにとっても重要となることに気付きます。
JJUG CCCにはじめて参加したのはJJUG CCC 2024 Spring。
Javaという開発言語の周辺にあるエンジニアコミュニティに魅力を感じ、それ以来毎回楽しみにしています。
そして、今回は登壇をさせていただく機会を得ることができました。

やっと、JavaやJavaのエンジニアコミュニティに少しでも恩返しができる気がして嬉しいです。
11月15日が楽しみです。